Yukihiko Kato

敵か、隣人か―皮膚の三つの病

前回、私たちは無菌の器ではなく、覆われた生態系だと述べた。その生態系のなかで、いちばん目に見えるのが皮膚である。皮膚は、外界と隔てる一枚の膜ではなく、場所ごとに気候の違う一つの地形だ。脂の多い額と、湿った腋窩と、乾いた前腕とでは、棲む菌の顔ぶれが違う。脂の領域にはCutibacterium(旧Propionibacterium)が、湿った領域にはStaphylococcusやCorynebacteriumが勢力を張る。同じ一人の体の上に、いくつもの異なる生態系が同居している。 ここでは、皮膚科医として日々診るありふれた三つの病―膿痂疹、にきび、アトピー性皮膚炎―を通して、この生態系と菌との関係が、どこで、どのように変わるのかを見ていく。この三つは、並べる順そのものが一つの論証になる。菌との関係が、外からの侵入から、内なる均衡の乱れ、そして生態系そのものの崩壊へと、段階を追って移っていくからだ。 まず、膿痂疹。俗にとびひと呼ばれる病である。 これは、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)や化膿レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)とい

By Yukihiko Kato

ホモサピエンスという生態系

私たちは自分のからだを、皮膚という一枚の壁で外界から隔てられた、内も外もない、中身の詰まった塊として思いがちだ。だが、その像は正確ではない。消化管は、口から肛門まで貫く一本の管である。その内腔は、位相のうえでは身体の「外側」にあたる。食べたものがからだの本当の内側に入るのは、腸の壁を通り抜けたそのときであって、それまでは、からだを貫く外のやわらかいトンネルを進んでいるにすぎない。皮膚も、口の中も、腸の内側も、肺の奥も、外界に開いたこれらの面には、ことごとく微生物が住み着いている。私たちは、閉じた塊ではなく、覆われた表面の集まりなのだ。 かつて、しばしば語られてきた数字がある。 微生物はヒトの細胞の10倍いる、という言い方である。 この「10対1」は長く広く引用されてきたが、たどってみると、1972年の一つの概算に行き着く、確かな計測に支えられない見積もりだった。近年、丁寧に数え直され、比はおよそ1対1に修正されている。70kgの標準的な成人男性で、細菌はおよそ38兆個、ヒト細胞はおよそ30兆個。細菌の総質量は、合わせてもおよそ0.2kgにすぎない[1]。私たちは、細胞の数のうえで

By Yukihiko Kato

免疫レジリエンスとは何か(後編)

中編の最後に、一つの問いを残した。カレリアもアーミッシュも、旧友との接触がアレルギーを防いでいた。だが効いていたのは、大人になってからの環境ではない。差は、人生のごく早い時期に刻まれていた。では、その決定的な時期は、いつか。そして、なぜそれほど早くに決められたものが、生涯にわたり続くのか。 この問いに正面から答えるのが、DOHaD(Developmental Origins of Health and Disease、健康と疾患の発生起源)という考え方である。胎児期から乳児期という発生のごく初期に受けた環境が、その時期にからだの基本設定を方向づけ、生涯にわたる健康や疾患のかかりやすさを決める。もとは、低出生体重の子が成人後に生活習慣病になりやすいという観察から始まった枠組みだが、その射程はもっと広い。ここでは、二つの人間の記録が、この考え方を鮮やかに、そして重層的に示している。 一つは、オランダの飢餓の冬(Dutch Hunger Winter)である。第二次世界大戦末期の1944年から1945年にかけて、ドイツ軍の封鎖により、それまで十分に食べていたオランダ西部が、突然の飢餓に陥

By Yukihiko Kato

免疫レジリエンスとは何か(中編)

前編で、免疫を強弱ではなく、察知し、過不足なく応答し、そして役目を終えたら鎮まる、という一連のしなやかさとして捉え直した。では、その鎮める力は、どこで身につくのか。生まれつき完成して備わっているのではないとすれば、何が育てるのか。あるいは、何がこわすのか? この見立てからすると、アレルギーは鎮める力がうまく働かない状態の典型である。花粉のような無害な相手に応答し、しかもその応答が止まらない。過剰に応じ、戻れない。アトピー性皮膚炎も、皮膚という境界で、この鎮まらなさが慢性の炎症として現れたものと見ることができる。問題は、なぜ現代で、この鎮める力の破綻がこれほど増えたのか、である。 かつて、その答えは衛生仮説(hygiene hypothesis)と呼ばれた。清潔になり、感染症が減ったから、免疫が退屈して無害なものに矛先を向けるようになった、という筋である。分かりやすいが、これは正確ではなかった。都市の子どもは、ありふれた小児感染症にむしろ多くさらされているのに、アレルギーは田舎の子より多い[1]。感染の多寡では説明がつかない。そこで、より正確な見方へと更新された。旧友仮説(old f

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論考

免疫レジリエンスとは何か(前編)

「免疫力を上げる」という言葉が、街にあふれている。食品の棚にも、健康記事の見出しにも、どこでも見つかる。そこには一つの素朴な前提がある。免疫とは力であり、力は強いほどよい、という米国的な前提である。だが臨床の現場に立つ者は、これに違和感を感じる。強い免疫がそのまま健康を意味するなら、医師の仕事の少なからぬ部分は説明がつかない。 考えてみたい。花粉のような本来は無害な相手に、涙と鼻水で激しく応戦してしまうのがアレルギーである。自分自身の組織を外敵と取り違えて攻撃してしまうのが自己免疫疾患である。ウイルス感染への反応が暴走し、守るべき臓器まで焼き尽くしてしまうのがサイトカインの嵐(cytokine storm)である。これらはいずれも、免疫が足りないのではなく、強すぎる―正確には、出力を制御できていない―ことから生じる病だ。免疫を一本の強弱の軸の上に置き、その軸を上へ上へと押し上げることが健康だとする見方は、ここで早くも行き詰まる。上げた先にあるのは、しばしば病のほうなのである。 行き詰まりは、もう一段深いところにもある。そもそも「守る」という働き自体が、一つではない。免疫学が長く中心

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論考

石器時代のからだで、都市に生きる

ヒトという種が、いまの遺伝的な設計をほぼ完成させたのは、農耕も都市も知らない時代だった。火を扱い、集団で狩り、採集し、よく歩き、空腹と充足のあいだを行き来する。からだの仕組み、すなわち代謝も、免疫も、概日リズムも、ストレス応答も、そうした環境のなかで磨かれてきた。問題は、その環境が、ここ一万年、とりわけここ数百年で根本から変わったことにある。にもかかわらず、わたしたちのからだの設計は、ほとんど変わっていない。進化の時間と、文明の時間は、桁が違う。 この隔たりを、ここではミスマッチと呼ぶ。石器時代に最適化された生物としてのヒトと、それが置かれた現代の都市環境とのあいだの、構造的な不一致である。座りつづける生活、人工的な光に区切られた一日、過剰で精製された食、慢性的で出口のないストレス、土や微生物との接触の喪失。これらはどれも、進化の歴史のなかでヒトが経験してこなかった条件であり、からだはこれらにうまく応答する術を、まだ持っていない。 このミスマッチが具体的な姿をとったものが、非感染性疾患(NCDs、non-communicable diseases)だと考えている。心血管疾患、が

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論考

進化の時計と、文明の時計

夜明け、窓の外で一羽の小鳥の澄んだ声が、薄明の空にひとつ、またひとつと音を重ねていく。その小さな喉の奥に、一億五千万年の時間が畳み込まれていることを、ふだん忘れている。かつて、羊歯の生い茂る原始の森を、羽毛をまとった獰猛な肉食恐竜が駆けていた。鋭い爪、長い尾、獲物を捉える眼。その系譜の末に、いま、朝の光を浴びてさえずる小鳥がいる[1]。獣からこの歌声へ。羽毛も、叉骨も、空を掴む翼も、何千万年という歳月をかけて、少しずつ組み上げられていった。その尺度からすれば、わたしたち人類が農耕を始めてからの一万年、産業化してからの二百年あまりは、指をぱちんと鳴らす瞬間にも満たない。 ここに、二つの時計がある。一つは、からだの設計図を書き換える、進化の時計。これは氷河期がいくつも巡るほどの、気の遠くなる遅さで動く。遺伝子が変化するには、無数の世代を通じた淘汰の積み重ねが要るからだ。もう一つは、わたしたちの暮らす世界が変わる、文明の時計。こちらは、ここ数十年で目まぐるしく回る。二つの時計の針は、もちろん同じ速さでは進まない。 医師として患者を診ていると、この時計のずれを、からだそのものの中に感じるこ

By Yukihiko Kato